2013年06月10日

ねこがいなくてもいっこうに構わん



最近、海賊と呼ばれた男を読んだ。
ハードカバー上下。


次は、世界から猫がいなくなったらという本を読んだ。

さらに、県庁おもてなし課を読み終わった。



どうにもうまく言えないけど、この三作品どれをとっても、全然のめりこめない。
私の感受性の浅さなのか。



世界から猫がいなくなったらという著書に関してはひどかった。

主人公の母は、猫アレルギーにも関わらず、猫を拾ってくるのだ!
猫は成長し、家族の一員となり、やがて身体に大きな腫瘍が出来て死ぬのだ。

すると、どうだろうか。私はその猫との出会いと別れのくだりを読んで、痩せ細って死んでいった愛犬を思い出して、涙が止まらなくなってしまった。



猫なぞいなくても、私の人生に弊害はない。
それに、あざといタイトルではないか。
日本人の脳に寄生する猫好きという嗜好をけたたましく刺激する。
しかし、私は猫好きと言われる類の人間が、そう嫌いだ。



猫を飼っている人が、というとちがう。
猫が好きで、ペットショップで猫ばかり舐めるように眺める輩が嫌いだ。
それに、あいつらは、デザインの良し悪しや使い勝手を無視して猫グッズを買い漁る。
作り手も一種の思考停止。
猫モチーフ付けとけば売れる、みたいな不文律はいただけないと思う。
さらに猫好きさんたちは、猫の良さを一様にこう語るのだ。
犬みたいにうるさくないし、上品。
気ままで、寄ってこない。
たまに甘えてすり寄ってくるところがなんとも言えず可愛い。

ここまで、紋切り型の台詞なのだ。
猫好き教の経典の最初の頁にでも書いているのだろうか。
さらに、こう続けるのは、みなさんもご存知だろう?
すり寄ってくるのは、おなかが空いた時だけなんだけどね笑。



猫好きさんの、わがままで箸にも棒にもかからない、自分の思い通りにいかないいじらしさを猫に見出して、酔いしびれている様。
猫の写真を見せれば、喜怒哀楽を全て昇華させてしまう猫愛。



どうにも私には気に入らないのだ。



そうして、猫のことを考えると、自然と犬の、死んでしまった犬のことを考えてしまう。
抱きかかえた時の軽さとか、犬が死んでしまった日に仕事を休めなかったことだ。



そうすると、小説などそっちのけで悲しくなってしまう。




なかなか、文章のみでお話をからめてこられると、集中できないのは、年をとったということなのだろうか。
posted by nainai at 02:38| 奈良 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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