2008年11月27日

厄除け的な立ち回り

 
 
 
 こんにちは。
 いかがお過ごしでしょうか??




 今日は友人の鷹村さんとスポーツジムへ行ってきました。
 が、鷹村さん。
 「ジムに行く前に、拝んでもらいに行きたいねん」
 「拝む?」
 「うん、今の仕事場(創価系)、続けるかどうか迷ってて、それの相談して、拝んでくれるところがあるねん」
 「うん、ほな相談しに行こう」


 と、着いた先は鷹村さんの家から車で5,6分くらいの民家。
 小デブなおばさんがぽつねんと一人、家の玄関先にいた。
 駐車する場所を指示され、車を止めて、二人で鷹村さん行きつけの祈祷師さんのご自宅にお邪魔した。


 家に入ると狭い玄関の隣が祈祷のための祭壇になっていて、なかなかしっかりした作りの賽銭箱が目に入った。
 その隣は、こたつが置いてあって、普通の居間。
 祈祷師さんと向かい合う形で座った。


 私はこういうのが苦手だ。
 眉唾ものと食って掛ってしまうが、その点鷹村さんは聡明だ。
 人に相談を受け続けたスペシャリストとして祈祷師さんを見ている。
 素直に相談し、素直に聞く。



 相談が始まり、鷹村さんの今の職場の相談を行い、二言三言交わして、祈祷師のおばさんが「そこの会社の社長の名前わかるか?」と言った。


 「はい、えと、じゃあ書きます」と、鷹村さん。
 女の子らしい丸みのある文字で社長の名前を綴る。


 社長の名前を眺めて、「あかん、こんなやつ名ばかりの社長や」となじった。
 マジか。
 鷹村さんも「もう、ほんっと頼りないんです」と返した。
 大当たり来た。

 
 そのあと、鷹村さんとその彼氏との相性占いも行い、これは大吉。結婚する相が出ているとのこと。
 
 私も姓名判断してもらった。
 優しい性格で、今の仕事があっている続けなさいとのこと。
 前も占いでおなじことを言われた。

 
 「最近、お兄ちゃんが事故をしたんです」
 と、鷹村さん。
 「何が原因でしょうか?」
 「原因か、そんなもんわかりきっとるわ」
 
 お兄ちゃんが事故にあったのは、交差点で右折する車と正面衝突したからだ。相手の不注意と、あとお兄さんが無傷で入れたのはお兄さんの機転のきいた判断故だ。

 「やっぱり、両親が土地を買ったからですか」
 そうなの。
 「土地買ったのは原因やない、その後のお供養のやり方が悪い」
 そうなの。
 「そうなんですね」
 と、話を聞くと、お兄さんが事故にあったのは、土地を購入した後、その土地のお供養を両親がきちんとしなかったため、本人ではなくその家族にその厄がまわってきたとのことだった。




 そのときに、私のおばあちゃんが犬のミルクに申し訳なさそうに呟いていた言葉を思い出した。 
 「ミルちゃんはおばあちゃんやないないちゃんの厄を受けて、それで病気になってくれてんなーすまんなー」
 とのことだった。
 ミルクは私たちの厄除け人形なのだと、おばあちゃんは考えているのだ。それゆえに健康に暮らせることに深く感謝せねばならないと。
 
 誰かの不幸が自分の不摂生ゆえと考えるのは、被害妄想じみて聞こえる。
 うちの犬が病気になったのは遺伝的性質。母犬もガンで死んでいる。
 友人の兄が事故にあったのは偶然の産物。だって、そうじゃん普通。


 でも、もし自分がもっと清く正しく、折り目よく生きていたら、そうならなかったんじゃないかと、悔いてしまうのは何故だろうかと。



 不思議なのに、妙に合点が行くのだ。
 信仰心がないのだが、そういう超越的因果関係を否定できない。
 こういうのを神の存在感だなーと思う。



 明日もミルクの病院に行きます。

 

 
 
 
 
 
posted by nainai at 01:48| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 白い紙とガン告知 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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