2010年05月05日

妖精ハルンのいる街で



この街には妖精がいる。
大人になると、見えなくなっちゃうけど、妖精は確かにいるんだ。


僕は1人、妖精を見つめる。
誰も彼も気付かない。
妖精の名前はハルンという。


この街には色んな人間が行き交う。
駅中では多くの人がひしめき合い、各々に好き勝手に電車を待つ。
電車には人間がみっしり詰まっていて、扉が開けば、水平方向にこぼれるように人が流れ出てくる。

まるで、ここは人間博物館。


僕はウィンドウショッピングを楽しむ人の合間を縫って家路をいそぐ。

ハルンに出会ったのは、僕がこの街に来てすぐのことだ。
その時は気付きやしなかった。



僕は、ざっざっざっと歩いていた。
道の両側にはお洒落なお店が立ち並ぶ。

目も口もないマネキン人形たちがくびをかしげたり、足をくんだり、それでも一様にこちらを眺めている。

キラキラ光るネックレスや、細い手首に絡まるブレスレット。
コットン素材の紫のシャツを着込んでその上にノリのきいた黒のジャケットを羽織る。
にゅっと伸びた足は素足で、赤や黄色、緑が張り付いたカラフルなスニーカーを履いているマネキン。
麻の混じったロングワンピースに洗いざらしのような質感の水色のボタンシャツを胸の下できゅうと括り、麦わら帽子、さらに帽子と同じ素材のカゴバックを肩にかけるマネキン。



そんなお洒落なお店たちを抜けるとなだらかな階段がある。

一、二、三・・・・と数えて、僕はきっかり十五段の階段を降りる。
正面に、自然食品のみの取り扱いが売りの喫茶店があるが、僕はその店を眺めて、すぐ右に曲がる。

本屋さん、下着屋さんが向かい合ってたっている。
その間を抜けて、手前の階段を降りる。


階段を降りるとまた、お洋服屋さんが立ち並ぶショッピングモールに行き着く。


マネキンは一足先に淡い色合いの夏服を着て、僕らを煽る。
もう次の季節が来るよと、いう。

行き交う人々も様々でまるでマネキンのようにスタイルのいい女の人が陶器のような白い足を惜しげもなく出して、でも急ぎ足で僕の前を歩く。

すれ違う女の子たちはキャリーバックを転がしながら、互い違いに笑い声を上げて過ぎていく。

にやけ面のサラリーマンが2人、笑って歩いているのを追い越す。


駅に併設する百貨店の前を抜けるとすぐに地下鉄の改札が見える。

僕はここも横目で眺めながら、先を急ぐ。



少し歩くと、小さなコンビニがある。

そこを抜けて、左に曲がる。
さらにエスカレータを降りて改札をくぐり、電車に乗る、はずだった。

僕はコンビニを目前に異変に気付いた。
既視感、という言葉より、既体感もしくは既嗅感という言葉があるか知らないがそれに近い感覚を覚えた。


この空気は子供の頃、何度となく嗅いだ空気だ。
僕は目眩を覚えるような空気に息を止めた。
そして、このベルトコンベヤーのような地下通路を複雑怪奇に行き交う人々の中で、行き場のない小さな妖精を見つけたんだ。


ハルンはこちらを向きはしなかった。
ハルンは見られても見つめられても微動だにしない。
静かに、道ゆく人の合間を、その虚空を眺めているのだ。


僕は急ぐ足でハルンを見送り、おもった。
また、ハルンに会おうと。


ハルンを見つけたら君もきっと、小さく息を吸って、ぐっと息を止めて、見てご覧。




街に住む小さな生き物たちをじっと見つめていると、僕は不思議と生きる気力が湧いてくるんだ。



今日もまた、ほらハルンが街のすみで、なにかを待つようにじっと佇んでいるから。
posted by nainai at 21:31| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 柔らかな知新 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いろんな技を持ってるんですね‥感心しました!
文章のスタイルや一人称とかではなく 筆写が見事で情景をストレスなく読み進められました。

また読みたいです。
ありがとうございました。
Posted by マンガ家 at 2010年05月07日 00:07
>マンガ家さん

 コメント、ありがとうございます。
 マンガ家さんがほめてくれるから、ちょっと調子のってました。


 イメージ的に、エンデの『鏡の中の鏡』の冒頭の短編をイメージしたんですね。
 わかんないよね。。。そりゃあそうさ。
Posted by nainai at 2010年05月08日 21:43
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