2006年06月14日

山の跳梁者に遭う

 


皆さん、こんにちは。
悪友というのは、365日いつでも、くだらないことを持ってきてくれる人間の
ことをいいます。


去年の夏、

span style="font-weight: bold">「体がばらばらになるくらいに全身を使ってエキサイトしたい!」

と、叫んだ私にカナはこんな誘いを持ちかけてくれました。

山奥の盆踊りがあるというのです。
「山の奥深くで夜通し村人たちが踊り明かす」

俄かには信じがたいお話でした。

 私の好きな小説家の言葉にこのようなものがあります。

 体は資本だ、体力などは動けばいくらでも発生するし、そうこうして
いると、運も後ろからついてくる
、と。
 
 その時の私といえば、踊れば運気も上がるような気がして、こう返しまし
た。
 「じゃあ、7月28日に」



 7月28日の夕方に、カナと落ち合います。
 聞くと、明日はプレゼンテーションがあるとのこと。
 そういえば、私も明日実施されるテストを落とせば、留年は免れない状況。

 自己防衛も理性も私の纏う衣類のように抜き捨ててしまい、とにかく体を
動かしたかったのです。

 自分の体のあらゆる箇所をむちゃくちゃに持ち上げて、リズムに乗れば、
私の腕や足に、運の良いものがまとわり着くような気がしていました。


 しかし、そんな山奥の盆踊りの情報を入手しているのにも驚かされるが、
交通手段がないではありませんか。
 聞くと、カナには複数人のパパさんがいるとのこと。
 一緒にモーテルに泊まったり、アクセサリーやブランドバッグは買ってく
れないけれど、一緒に山に登ったり、ご飯を食べさせてくれてなおかつ皿洗
いまで手伝わせてくれて、キャンピングアクセサリーや70リットルのバッ
グ(?)をくれるパパさんであるそうです。

 
 前振りが長くなりましたが、それが私と河童さんの出会いでした。
 
 
 河童さんは会うなり、元気いっぱいに挨拶をしてくれました。
 小心者の私が、下手な謙遜や遠慮している振りをする間もなく、
「さぁ、荷物を積めッ!!」
 と、子気味の良い命令。
 
 
 
 
 
 
 車に乗り込み、出発をしたのは6時。
 1時間も走れば、街は遠くかなたの場所になってしまいました。
 人家は一つもない、ただ細い山道が延々と続いていました。

 もう辺りも真っ暗闇の中で、車のライトのみが煌々と明るい。

 
 もう帰って来られないような深い山奥、窓から見える景色は深淵を覘くよ
うな不安感を駆り立てる。

 盆踊りという言葉に釣られて、知らない叔父さんのお車に乗ってしまった
ことを後悔し始めていた頃でした。

 「あぁ、明かりだ」


 という言葉につられてそちらを見ると、なるほどぼんやりと明るい。

 一つ、もう少し向こうにもう一つ、そしてもう一つと、朧月のようなぼん
ぼりの明かりが暗闇の中に文字通り浮かび上がっていました。

 
 道の拓けた場所に車を停めて、はしゃぎまわる河童さんと血よりも濃い絆
で結ばれた娘のカナ。そして、彼らを快く迎える村の人々。深い山の闇から
ぼんぼりの明かりによって、浮かび上がってきた人々の顔。
 
外灯ひとつない山道を延々走り続けて、ようやく現れた神社と村人たち・・・、



 メンバーは皆浮かれており、祭囃子に足が軽快に鳴ります。しかし私は

 「あのぼんぼりの下で踊る村人たちはヒトか・・・私は狐につままれるの
ではないか?」と考えていました。そう考えると、隣で「本当に山奥の盆踊
り、あったでしょ?」といたずらっぽく笑みをこぼすカナの切れ長の目もも
う怖い・・・。

 
 夢かうつつか、何なのかもわからぬままに連れ人に続いて、村の人々の元
に挨拶に回ります。
 
 「こんばんわ〜」

 「よぉ来たね、あがり」


 勧められるままに小屋に上がる。まるで、親戚の家に来た気分、しかも、
おばあちゃんが孫にお菓子を与えるようなふんわり感たっぷりの扱いです。
つまり極上優しいのである。
 茶とビールと大量の寿司を振舞われ、箸で摘んで口に放り込みます。茶を
注がれて、申し訳なさそうに頭を下げているうちに、皿には寿司が盛られて
いました。
 食事後には、神社へ向います。そこで今日の盆踊りの主役である何とかと
いう神様に手を合わせます。

 高知弁っぽく。。
 「しっかり踊りますきに!」(どうしても似非)

その後は、ビールをすすっては踊り、踊り疲れては村人に絡み、食べては踊
り続けました。


 もう、十分遊んだだろうと、腰掛けました。
ふと、踊り場を見ると、全身で踊り狂っている河童さんがいるではないですか。
 そして、溢れる笑顔のカナを見て思いました。


 こいつらは山の跳梁者たちだと。
 
 
 二十歳過ぎの若者が、唯一自分よりも経験者に勝る部分があるとすれば、
それは若さゆえの無知さ、愚かさです。勢いや元気さ、無鉄砲さといっても
良いかもしれません。

 今、腰を地に据えた瞬間に、私は奇しくも、残った愚かささえも手放して
しまったのです。
 

 こうしてはいられないと、私はやおら立ち上がり、踊りに参戦しました。
 
 
 
 
 潰れ気味のスピーカーから流れる音と、やんやと外野の騒ぐ声。

 膝叩いて笑っているのがちらほらと見えます。カナの絶妙なリズム感に合
わせて、祭囃子よりももっと耳を澄ませて聞こえる砂利の音、衣擦れの音に
集中しました。 


 
 
 視界が滲むほど汗をかいて、頭から蒸気が出るほど熱を発生させても、踊
り続けました。手も足も上げるのが辛くても、全くヘコたれずに飛び跳ね滅
茶苦茶な体力を見せ付ける河童さんとカナには負けずに踊り続けました。

  
 
 
 

 さてさて・・・
 本当に長い長い昔話に付き合ってくださった皆様、本当にありがとうございます。
 

 
 今回ご紹介させていただいたのが、アウトドアブログ界の大きな新生児(爆)こと、河童さんです。
 
 詳しいことは下のお猿さんをクリックしてくださいね。
 
kurokoshusaru_p.gif


 猿板


 
 


 
  
 
 
 
  そんな風に踊り続けて、4時間ほどが経過した時でした。
 
 深夜。
 山奥、星降る夜空。
村のおばあちゃんがほんわかとした笑顔で、踊りすぎで足を縺れさせる踊り
子達に手招きをして、

 「疲れたやろ。中、入って、夕飯でも食べ〜」
 
 
 
 
 と、やさしい声で呼びかけてくださいました。
 到着したすぐ後で、お寿司を振舞われたのは、夕食ではなかったのかとい
う驚きと、こんな時間までアグレッシヴに歓迎してくださるなんて、という
感動。感謝感激雨あられ。
 

 沢庵をうまいうまいと喜ぶ我々を見て、目を細めて白米を勧められ、もう
断ることはできません。みんな顔をくしゃくしゃにして笑っていました。

 
 そして、翌日5時起床、まだ朝ごはんまで振舞ってもらいと、吃驚の連続で
した。最後に村の人たちにお礼をいい、カナのパパの車でそこを後にしまし
た。
posted by nainai at 11:35| 奈良 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | こんな人いた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ありがとうね。うれしくもはずかしく感じます。
 ちなみに今年の「ビューティフルサンデー」は7月18日の晩です。
出来ればご帰郷あそばせ(笑)
Posted by 河童 at 2006年06月15日 22:18
早速、コメントありがとうございます。
私の方こそ、おぼつかない文を読んでいただき、嬉しいやら恥ずかしいやら…
BS祭(笑)、行けるよう、尽します。行くときは、シャツ4枚くらい着替える心積もりで行きます(苦笑)
Posted by ないない at 2006年06月15日 22:58
時々覗かせてもらっています。
あの晩の事がつい最近の事のように
蘇ってきました。
どう?
もう身体が跳ねてませんか?
不思議の世界で踊りにいかんかね^ー^
Posted by tochiko at 2006年06月15日 23:09
 >tochikoさん
 いっらっしゃいませ、こちらではお初になりますね。
 遊びに来てくれてありがとうございます。  
 私もtochikoなシリーズ読ませていただいてお
ります。お姉さんの文体は心温まる感じがしますよ
ね、読みやすいというより、読み心地がよろしおます。

 うふふ・・・行くのか?行くのか?と自答しな
がらも、私は多分行くのでしょうね・・・
 だって踊りたいもん(泣)
Posted by nainai at 2006年06月17日 21:56
え?来ない?
んな訳ないよね!!
来たぜ!
地獄のBS!!
Posted by ベンジャ at 2006年06月19日 16:48
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。