2011年06月08日

死んでしまうことについて




僕が神様じゃなくて良かった。

僕が神様じゃなくて良かった。



君はのろまな僕に気付かず、駿馬のように駆け抜けて行った。

君はグズグズ生きる僕に気付かず、自由気ままに生きていた。


僕の劣等感も焦燥感も、僕の抱え込んだ全ての悩みは、君にはくだらなくて、存在してないに等しかった。


僕が神様じゃなくて良かった。


君の体は朽ちていた。
君はもう走ることはおろか歩くこともままならない。

痩せ細った足の筋を撫でても気付かない。


僕が神様じゃなくて良かった。


僕の悲しみなぞ、わかろうはずもなかった君の目が弱りきって濡れている。

君は痛みに声を上げることさえしなくなっていた。


僕がもし神様なら、若く自由な君が少しずつ古びていって、ぼんやりと死に近づいて行くことを許すことはなかっただろう。

病に伏して、もがき苦しむ君をけして死なせはしないだろう。



君の鼓動が確かにある、それが嬉しくて、瘠せて老いて、薄汚れてゆく君をけして死なせはしないだろう。


僅かな力を振り絞って息を吸って吐くだけで君は精一杯で、もう今にも次の呼吸をやめそうなのに、僕はそんな君をけして死なせはしないだろう。


生きていてくれているだけでいい。



傲慢で一人ぼっちの僕が君を手放すわけがない。
僕が神様なら、君を手放すことはしない。
僕が神様なら、歩けなくても声も出なくても、もう自らが何者かも分からず何も欲することもない君でも、延々と生き続けるように奇跡を振舞ったはずだ。


でも、僕が神様じゃなくてよかった。
僕がちっぽけな人間でよかった。


君は幾分もしないうちに、生きることをやめるだろう。
首をもたげて僕の肩に頬をすりつける君は、その小さな頭蓋すら重くて仕方ないのだから。
最後に肺に溜まった呼気は鼻からするりと抜けて、そうして神様は古びた抜け殻のような君の身体は捨て去り、君の魂だけ向こう側に持っていく。
君は向こう側の世界でやはり何もなかったように自由気ままに走りはしゃぎ回るだろう。
驚くほど身体が軽くて、生前は喉につっかえた水が流れるように喉を伝い腹にたまり身体を潤してくれるだろう。






僕が神様じゃなくてよかった。
冷たく硬く、老いさらばえて、汚いボロ雑巾のような君の亡骸を抱き締めて、僕はそう思うに違いない。
神様には持って行くことが出来ない君の亡骸を僕は存分に抱き締めて泣くだろう。

緩みきった口元から覗く、黄色く痛んだ歯。
白く濁って何も見ることがない目。
背骨ひとつひとつの丸みがよく分かる身体はいびつで、瘠せた四肢はだらりと僕の両腕からこぼれる。


別れ難い君との離別を嘆くことが出来るのも、枯れることもなく泣くことが出来るのも僕がちっぽけな人間だから。


僕が神様じゃなくてよかった。
僕がちっぽけな人間でよかった。
僕が弱くて卑怯でみすぼらしい人間でよかった。
君の命が少しでも永らえてくれることこそが有難く、この世に今君が生きていることこそが素晴らしく、そして君が何ものにも変え難いことを知ることが出来たから。



でも、僕はちっぽけで、さらに愚かな人間だから、まだ少しだけもう少しだけと君が生き続けることを祈っているんだ。
posted by nainai at 23:15| 奈良 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 痴呆と闘う気はない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
自分の犬が死んでしまう事が恐怖です…。

自分を信頼しきっている者の命の事を考えると切なくなりますね。

でも 凄くいい文でした。
儚い時間を大切にする事を思い起こされました。
Posted by マンガ家 at 2011年06月10日 11:53
>マンが家さん

コメントありがとうございます。
チロは今日の夕方に召されました。
いやだなー。
仕事終わって帰ってチロを撫でて起きろ起きろと念じて、起きないよ起きないよと自分に言い聞かせてた。

マンガ家さん、老犬介護のサイトと書籍ならいくらでも紹介するぜ!!
Posted by ないない at 2011年06月11日 02:32
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