2014年08月04日

終わりが来るとして

いつか終わりがくるとして…
そのときになって、慌てて準備するのでは遅いので、いつ終わってもいいように腹づもりはしておくのが、私はいいと思っている。



こんな考えだから、だめなのだろうけどね。



私は、相手がいつまでも私のことを好きでいてくれるなんて都合のいいことが、無期限で起こるとは思えない。

スタバのダークモカフラペチーノを毎日一杯無償提供してくれるチケットが毎朝善意の誰かが届けてくれる、しかも死ぬまで。
こんなことが起こるだろうか?
奇跡に近い、いや起こるわけのない現象である。
そして、そういうイメージが、私の思う、[ずっと好き、いつまでも一緒にいよう。君だけを愛してる]なのである。


結婚して夫婦生活が、色々ありながらもお互い好きで、信頼しあっているというのは、人徳者と人徳者との巡り合わせなのだと、思っている。


またダメな気がするの。
何故だか分からないけど、愛なんてないのに、1人になりたくないだけの私しか見えないんです。








posted by nainai at 02:19| 奈良 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 私のかわいい人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>人徳者

 愛情って
無償の自己犠牲だと思う。

>1人になりたくないだけの私

 それは人間が皆持っている
本能だと思う。
Posted by 河童 at 2014年08月14日 20:04
>河童さん

無償の自己犠牲を、発揮出来たら、その人を愛してるってことなんでしょうか。
ありがとう待ちの親切してる分にはまだまだですね。

1人で孤独に死ぬイメージがあります。
人と過ごせる人は、孤独を恐れている人ではなく、その人と過ごせることを喜べる人ですね。
Posted by ないない at 2014年08月30日 04:01
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