2014年12月27日

女子力という言葉の切れ味と毒味

女子力だとかいう、女の子らしくて可愛くってあざとい、そしてもてる!という能力は、犬も食わない。

糞の役にも立たないという言葉とほぼ同義なのだ。




しかし、同時に、女子力が高いとされるファッションセンスやネイルやヘアスタイルなどを磨いたり工夫することはいいことだと思う。
美味しいケーキをこんがり焼けたり、大好きな彼のためなら手作りのお夕飯をちゃちゃっと作れるのも素敵だと思う。
ちょっとした冠婚葬祭の知識もきちんとあって、礼儀と節度を保って他人と接することが出来る教養のある女性は素晴らしいと思う。
掃除洗濯、部屋の整理などもきちんとこなせるというのも羨ましく、私もそうなりたいと憧れる。



一つ一つのことは人として大事な能力だと思う。


ただ、そのうちのどれか一つが出来なかったり、苦手だったりしたときに、女子力が低いと揶揄される時に、こんな暴力的で自暴自棄になるほど毒味の強い言葉がかつてあっただろうかと感じる。
一般的に使いやすいように加工した、女子力という可愛らしい語感で、何故蔑まれないと行けないのか。



会社の大掃除の時に窓拭きが下手くそだだったので、掃除大好きの男性2人から、窓拭きのやり方知ってる?女子力ないなぁと、言われて、私は辟易してしまった。
腹が立つのが先に来てしまって、きれいに拭こうとか、申し訳ないという気持ちにならなかった。
このふてぶてしさと反省心のなさも、女子力皆無である。


年配の社員さんが、掃除は女子力じゃないですよ、と言ってくれたので、女子力MAXの男性が、じゃあ掃除は何力なんですか?と聞き返したら段取りでしょ、と言っていた。
そうすると、さらにその男性は口角を上げて、そうすると、私の段取り力の低さが露呈したわけだとますます機嫌を良くしていた。



そんなに段取りの悪い私を詰るなら、掃除は全部あなたがたにまかせますよ、と女子力底辺の私は喉まで出しかけた言葉をしまいこんだ。
会話を続ける方がナンセンスなので、口を噤んで、目一杯力を入れて窓を拭くことにした。



後ろで笑われているんだろうなと思いながら。
posted by nainai at 02:03| 奈良 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | その言葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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